【花屋】幻想茶店【店主】


「ねえ、ちょっと! 聞いてるの?」

不機嫌そうな声が店内に響く。誰が発して、誰に向けた言葉なのかは一目瞭然である。
なにせ店内に見える人物は、たった二人だけだからだ。
一人は、気の抜けたような表情で虚空を眺める金髪の女性。
そしてもう一人は、カウンター席に腰掛け、不機嫌そうに顔をしかめる長身の女性だ。
察しがつくとは思うが、不機嫌そうな声の主は後者である。
前者はと言うと、その声に驚いたように目を瞬いた。

「あぁ、ごめんなさい。少しボーっとしてたわ」

さして悪びれた様子も無くそう言って、金髪の女性――この喫茶店のマスターはクスリと笑った。
その様子に、長身の女性――自称花屋は、不機嫌を通り越した呆れ顔になる。さらにわざとらしくため息をついて、ぼやいた。

「まったく、あなたが『お客さんが来なくて暇だ』なんて言うから来てあげたのに。私だって、いつも暇してるわけじゃないのよ」

「忙しいのにごめんね。だって、せっかくイメージチェンジしたのに誰も見に来ないんじゃ、もったいないでしょ?」

「イメージチェンジ、ねぇ・・・・・・」

そう言って花屋は店内を見渡す。
木製のもので統一された内装。暖色系の照明。カウンターには装飾の小物やワインボトル。
グルリと、いつも通りの店内に目を向けて、最後にマスターに視線を戻す。
そしてあっけらかんとして言い放つ。

「なにか変わったのかしら?」

「もう! わかってるくせに」

口を尖らせるマスターに、花屋はケラケラと笑ってみせた。




――――――――


「ふふ、ごめんね。たまには私もいじわるしたくなるのよ」

花屋はひとしきり笑ってから言った。
マスターはというと、少し拗ねたように頬を膨らませている。
その頬を指で突きながら、慰めるように花屋は口を開く。

「まあでも、いいんじゃない? 私は嫌いじゃないけど」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

その言葉に、マスターも機嫌を直して口元を緩めた。
どちらもお世辞などではなく、心からの言葉であることは、その表情からも伺える。

「えっと、ところでなんの話をしていたかしら?」

「あー、そうそう、私のお店のことなんだけど――」

ようやく、二人の会話は元の道筋に戻された。
なんのことはない、ただの日常会話。店の経営や季節のこと、その中の、他愛ない出来事。
花屋が絶えず口を動かし、マスターは聴き役に徹する。
彼女達にとっての、いつもの光景である。
時折、カップの紅茶がなくなるのを見計らって、マスターが継ぎ足すというのもその一環である。
だが、

「それにしても、まさかあなたが喫茶店のマスターなんてね。似合ってるとは思うけど、って」

何度目かのおかわりの紅茶が切れ、そのカップの軽さに気づいた花屋はそれをソーサーへと落ち着ける。
しかし、待ってみても新たな紅茶が注がれないことに違和感を感じ、マスターを見ると彼女はまたも虚空を見つめていたわけだ。
花屋は深いため息を着いてから、その目前でパチン、と手を打った。

「あ、ご、ごめんなさい。またボーっとしてたかも・・・・・・」

ビクッ、と身体を震わせマスターは我に返る。
二度目となれば、流石の彼女も申し訳なさそうに頭を下げた。

「どうしたのよ。今日はなんだか様子が変だけど」

いつもと違う様子のマスターに、花屋は不安げに尋ねる。
しかし当の本人はというと、なんでもない様に笑って見せた。

「いえいえ、大丈夫ですわ。なんともありませんのよ」

「・・・・・・それならいいけど、具合が悪いなら無理はしないでね」

いくら他にクルーがいるといえど、ほとんどの仕事は彼女が一人で行っているのだ。
身体を悪くしても、なんら不思議はない。
彼女も自己管理できないわけではないし、余計なお世話かもしれない。
それでも、心配なことに変わりはない。

「無理だなんて、とんでもない。まあでも、多少疲れてはいるかも、ね」

とはいえ、本人はそう言っているわけで。それならこれ以上無闇な口出しは、本当に余計なお世話になってしまう。

「ま、いいわ。それよりも」

「はいはい」

気を取り直し、花屋は別の話題を持ちかける。
マスターは紅茶を淹れつつ、相槌を打つ。
トポトポと、カップに満たされる赤い液体を横目に、花屋は尋ねる。

「どうなのよ? 最近は」

「どうって、なにが?」

「このお店の状況よ。新しい常連さんとか、いないの?」

ずっと自分の店の話ばかりしてきたのだから、次はそちらの番。といったところだろうか。
その問いかけに、マスターは一瞬口ごもり、目を反らせ考えるような仕草を取って、呻くような声を出す。

「うー、あー・・・・・・」

「芳しくないみたいねぇ」

あまりにもあからさまだった。この様子を見れば誰だって一目瞭然だ。
それを取り繕うように、マスターは慌てて口を開く。

「あ、新しい常連さんならいるじゃない!」

「あー、例の物書きさん? あの人が来たのって、随分前でしょうに」

それは、そうだけど・・・・・・」

「けど?」

そこで、マスターは言い淀んでしまった。
この調子だと、どうやら本当にここ最近は厳しいらしい。
先ほどとは別の不安が花屋の脳裏をよぎる。

「で、でもほら、今までだってやってこれたんだから。大丈夫よきっと」

根拠のない発言に、ため息が零れた。
杜撰というか、そんな楽観視できることでも無い。
一つ、お灸を据えようかと、花屋は口を開く。

「あのねぇ、あなたは趣味だけでこのお店をやってるわけじゃないでしょ?」

「うん・・・・・・」

「生活もかかってるわけなんだから、『なんとかなる』なんて楽観視できることでもないのよ」

「はい・・・・・・その通りです・・・・・・」

みるみるうちに、マスターはしおらしくなっていた。
友人のこんな姿を見るのは心苦しいが、今回は花屋も心を鬼にして言う。
当然、彼女のことを思ってのことだ。決して、花屋の個人的な嗜好などではないことを明記しておく。

「お店の場所だって、こんな場所じゃなくてもよかったはずよね。あなたならもっといい場所でお店を開けたんだから。それこそ私が今お店を開いてる所とかさ」

「だ、駄目よそれは。それだと貴女がお店を開けなかったじゃ――

「言い訳無用!」

ピシャリ、と言い放つ。
その声には『口を挟むな』という意思が込もっていた。
彼女のボルテージは暴走する手前まで上がっているらしい。
しかし、それにしても、次の言葉は選択ミスだった。

「全く、あなたってそんなにお人好しだったかしら? そういうずぼらで、妙にお人好しな性格のせいであの場所は――」
「それは言わない約束のはずよ」

マスターの一言が、花屋の言葉を遮る。
決して大きくはないものの、鋭い声く尖った声色で。
先ほどまでのしおらしい姿がなくなり、凍りつくような視線で花屋を睨みつけていた。
それは、彼女の口を閉ざすのには十分なほど、恐ろしい眼差しだった。
数瞬、沈黙が流れた後、マスターの表情はいつも通りの柔和な笑みが戻った。

「大丈夫よ。今はあの頃とは違って、私一人じゃないんだから」

その言葉に、花屋は怪訝そうに眉根を寄せた。
そんなことはお構いなしに、マスターは言葉を続ける。

「ここで働いてくれる子や、貴女みたいに応援してくれる子もいる。だから、大丈夫よ」

その言葉に怪訝から驚愕、驚愕から呆れへと、花屋の表情はコロコロと移り変わった。
そして三度目となるため息を着き、苦く笑って彼女は言う。

「ほんと、あの頃とは大違いよね」

それを受けて、マスターは照れたように笑って答える。

「ほめ言葉として受け取るわ」

二人が笑あっていると、入店を告げるベルが鳴った。


――カラ、ラン・・・・・・

「いらっしゃいませぇ」


入店してきたのは、黒のハットを栗色の髪の上に乗せた少女と、その後ろのブロンドにキャスケット帽の少女。
入るや否や、ハットの少女が口を開く。

「ういっすー、マスター」

「いらっしゃい、お二人さん」

軽い調子の少女を、嫌そうな素振りなど全く見せずにマスターは迎え入れた。
ハットの少女を小突きながら、キャスケットが注意する。

「その挨拶はちょっと失礼なんじゃないの?」

「いいのよ。別に気に留めませんわ」

「そーそ、ここはこれでいいのよ。マスターが優しいから」

「フフ、ありがとう」

そんなやりとりを交わしながら、少女二人は店の奥へ歩む。
ある程度入れば、最奥の席にいた花屋にも二人が目に入った。

「あら、どうも」

「あ、お花屋さん。久しぶりー」

「ええ、お久しぶりね。この間あげた観葉植物、様子はどうかしら?」

「なかなか悪くないね。あれこれ世話する必要もないし、それでいて部屋の彩りにもなるから――」

ハットと花屋は二人の会話に熱中し始める。この二人はこうなると長いのだ。
蚊帳の外にされたキャスケットは仕方なく、というわけでもないが、少しだけ離れた席に着いた。

「どうも、マスター」

「改めていらっしゃい。最近は随分ご無沙汰だったわね」

「学校の試験があったのよ。期間中は二人して勉強漬け。普段から時間が取れれば、根を詰める必要もないんだけど」

苦笑しつつ少女は言う。
時間が取れないのにはそれなりの理由があるのだが、彼女らはそれを深く語ろうとしない。
もちろんそれにもまた理由があって・・・・・・と、これ以上は割愛しよう。
ようするに、勉強漬けのせいでここに顔を出せなかった。ということだ。

「まあまあ、仲が良さそうでいいじゃない。羨ましいわ」

「羨ましい、ねぇ・・・・・・

そうかなぁ、などとぼやきながら少女はメニューに目を向ける。
ふと、何かに気づいたように彼女は顔をあげた。

「ん、あれ?」

「どうかなさいまして?」

小首を傾げて、マスターが尋た。
少女はその顔を見つめながら答える。

「マスター、ヘアスタイル変えたのね」

「あら、気づいてくれた?」

「イメチェンかなにか? いいじゃない、すごく似合ってるわ」

何の気なしに言ったであろうその言葉に、マスターの動きがほんの少しだけ止まった。
少女も一瞬、なにごとかと目を見開く。
マスターは少女へと向き直ると、いつもとは違う、嬉しそうな声で、心底から嬉しそうな笑顔で、告げた。

「ありがとう! 嬉しいわ、とっても!」






――あとがき――

4ヶ月も更新に間が空いてしまいまして・・・・・・非常に申し訳ありません・・・・・・

相変わらずの山なしオチなしなお話でした。
今回はタイトルの二名で進めようとしていたのですが、何故かとんでもなく難航してしまいました。
途中からは他の二人まで登場してしまって、てんやわんやですね。
ま、まあ最初から出すのは決まってましたし? 書きたい場面は書けたからいいんじゃないですかね?
・・・・・・ハイ。
次回はちょっと違うお話書きますよ多分。現行のものとは離れたのを一つ、書こうかと画策しております。
よろしければ是非に。

近況報告は、絶賛忙しかったりそうでもなかったり。
ともあれ今年は色々と激動の年になりそうです・・・・・・

こんなところですかね。
では、近いうちに。


割と重大なミスを発見して修正+それなりの量を追加。見直し、超大事。
ところで『キャスケット帽』は間違いな気がしてきました(2015/05/04)


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  by mimes_jio | 2015-05-02 19:33 | 東方二次

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