【小説家】幻想茶店【花屋】


――カラン……

「いらっしゃいませぇ」


何時ものように、路地の奥にある目立たない扉を押して中に入ると、何時ものベルの音と間の抜けた声が聞こえた。
店の奥から聞こえるガサガサという音を聞きつつ、もはや私の指定席となった一番奥のカウンター席へと座る。

数ヶ月前に偶然見つけたこの喫茶店、隠れ家的な雰囲気がとても気に入り、暇な時や原稿が詰まった時などはいつも訪れている。

「毎度どうも、マスター」

「あら、貴女だったの。ゆっくりしていってね〜」

カウンター奥の保管庫と思しき場所から顔を出した金髪の女性。彼女がこの店のマスターだ。
若くして多彩な、下手をすれば私以上の知識を持ち、ユーモアのセンスや客の接待もそつなくこなす、まさに『できる女』といった人物だ。
なにより彼女の作るスイーツは、そこいらの喫茶店よりずっと美味で、それも私がこの店に通う理由の一つになっている。

「注文は決まっているかしら?」

「アールグレイをミルクで。それから、チーズケーキをお願いします」

「あら、今日は珍しくコーヒーじゃないのね」

「ええ、たまには紅茶が飲みたくて」

「わかりました。では少々お待ちください。在庫の整理が終わればすぐにお出ししますわ」

そう言ってマスターは店の奥、ではなくカウンターの床を開き、そこから床下へと潜ってしまった。

「そんな場所があったなんて……」

驚きと少しの呆れで、私はついそんなことを口走ってしまった。
数ヶ月間通っていたのに、全くそんなことは気がつかなかった。
やはりここに来ると飽きることがなくていい。





――――――――


マスターが床下に潜ってる間に、店内の様子を伺う。
来店する度に内装に微妙な変化があるので、それを見つけるのもまた一つの楽しみだ。

相変わらず私以外の客の姿はなく、静かに時間が流れていく。
何時もは作業の音やマスターとの会話で少し賑やかなのだが、今日はそれがなくまた違った雰囲気を醸し出している。

店の所々に置かれたアンティークや、新しくカウンターに置かれたワインボトルなどを眺めて時間を潰していると、

――カラン……

珍しく私以外の客が来店した。チェックのベストにカッターシャツを着た、長身で妙齢の女性だ。手には少し大きめの手提げカバンを持っている。
彼女は少し店内を見渡してカウンターに座る私を見つけると、真っ直ぐこちらに向かって来て、何の躊躇もなくその隣の席へ腰掛ける。

「……」

突然のことにちょっとしたパニックになる私と裏腹に、隣の女性は微笑みを崩さずただジッとこちらを見つめている。
隣と言ってもそれなりに空間はあるのだが、彼女の無言の圧力で必要以上に近く思える。

そんな張り詰めた空気の中、必死に隣から気をそらそうとしていると、やっとこさマスターが床下から出てきた。

「ごめんなさいね。ちょっと手間取っちゃった……あら?」

「はぁい、マスター。ご無沙汰してるわね」

そこでようやく隣からの視線がはずれる。圧迫感から開放された私は思わずため息をついた。
視線の主は、先程とはまた違う笑顔をマスターに向けていた。
すると突然、マスターが嬉しそうに声をあげた。

「久しぶりじゃないの! 全然顔見せないからちょっと心配だったのよ?」

「ごめんね。最近お店が忙しくって、なかなか来る機会がなかったのよ。そっちも変わりがないようでなによりだわ」

どうやらこの女性もここの常連客らしい。それにしても、このマスターがここまで上機嫌なのは初めてかもしれない。
そんなことを考えていると、

「ところでちょっと尋ねたいんだけど……この子、何者?」

またもこちらに矛先が向いた。視線はマスターに向いたままだが、意識はこちらに向かっている。
それに耐えられず視線で助けを求めると、それに気付いたマスターがフォローをいれてくれた。

「ああ、幾月か前に偶然このお店を見つけた、新しい常連さんよ」

「へぇ、偶然ねぇ……」

「?」

今度は訝しむような視線を向けられるが、それもすぐになくなった。さっきまでの圧迫感も感じなくなっている。
どうやら警戒も解いてくれたらしい。心なしか、彼女の笑みに先程よりも余裕が見て取れる。

「あなた自己紹介はしたの? いきなりその態度じゃ流石に失礼よ」

「ん、それもそうね。--改めて始めまして、近所で花屋をやってる者よ。一応ここの常連みたいなものかしら? 名前は……諸事情あって控えさせてもらうわ。よろしくね」

素っ気なくそう言うと彼女は手を差し伸べてきた。戸惑いつつその手を握り返し、こちらも自己紹介をする。

「えぇと、こちらこそ始めまして。最近このお店に通い始めました。職業は、物書きみたいなことをしています。あまり有名ではないですけどね」

「よろしい」

そう言ってマスターは満足げに頷いて紅茶を淹れる準備を始めた。
既に花屋(通称とさせてもらう)からはなにも感じず、本人は鼻歌を歌っているし機嫌も良さそうだ。これは打ち解けた、ということでいいだろうか。
会話がないのも気まずいので、彼女とマスターの間柄を尋ねてみる。

「あの、少しお話よろしいですか?」

「ん? えぇ、構わないわよ」

邪険にされなかったことに密かに胸を撫で下ろしつつ、続ける。

「マスターとは長い付き合いなんですか? 随分と仲が良さそうに思えたんですが」

「そうねぇ、彼女とは結構古い仲になるわね。だってこのお店を始める前からってなると、ここのクルー以外ではまずいないんじゃない? まぁ今でこそこんな仲だけど、昔はそりゃもう劣悪だったわ」

「へぇ」

それは、少し意外だった。あの人懐こいマスターと仲の悪い人物なんていない。漠然とそんな風に思っていたからだ。
古い仲、ということなので、以前より気になっていたことも尋ねてみる。

「もう一つ。このお店が開店したのってどのくらい前か、知ってますか?」

「えーっと、あれはたしか「そ・れ・は! 企業秘密よ。教えちゃうと私の歳がばれるでしょ」

花屋の言葉を遮り、マスターが声をあげた。その手には二つのティーカップが乗せられている。

「お待たせしました。アールグレイよ」

そう言っていつものような笑顔で紅茶を差し出してくれるが、その笑顔からは先ほどの花屋に似た圧力を感じられた。

「あなたはいつも通り、ローズヒップでよかったかしら?」

「フフ、わかってるじゃないの。スイーツもいつも通り、お願いね」

「ええもちろんよ。この子の注文と一緒に持ってきますわ」

よろしく〜、と言って花屋は奥へと消えるマスターに笑顔で手を振る。
今のマスターに平然と接するとは。なるほどこの花屋、ただの花屋ではないようだ。


――――――――


マスターの姿が見えなくなると、花屋が口を開いた。

「ま、そういうことらしいわ。残念だけどお店の開店事情は話せないわね。代わりにというか、折角なんだからあなたのことも、聞かせてくれないかしら?」

「えっ? 私のこと、ですか?」

「そりゃ今は私とあなたしかいないでしょ?」

まさか私に興味を持たれるとは思わなかった。それにしても改めて自分の話となると、少し気恥ずかしいというか、なんというか。

「ほら、書いてるお話のこととかさ。どんなお話を書いてるの?」

「そ、そうですね。一応常に持ち歩いているものがあるんですが……あったあった、これです」

「どれどれ?」

カバンから文庫本を取り出し花屋に渡す。ブックカバーがかかっているため、表紙やタイトルは開かないとわからないが。

「カバー外して中、拝見してもいいかしら?」

「もちろんですよ。お気に召すかはわかりませんが」

花屋は鼻歌交じりにブックカバーを外す。
自分の目の前で、自分の本が読まれる。何度か経験してはいるが、やはり緊張してしまう。
と、何故か花屋は表紙を見て固まってしまった。まさか、嫌いな作品だったのでは?
不安に思い、恐る恐るたずねる。

「あの、どうかしました?」

「……この作品の筆者、あなたなの?」

「え? えぇ、その『夢遊譚』が私自身の作品では一番気に入ってまして--」

そこまで言うと突然、花屋が私の手を握ってくる。

「まさかこんなところで筆者に会えるなんて!!」

「ふぇ!?」

「私も、この『夢遊譚』読んでからあなたの作品の大ファンになったの! すっごい! こんな偶然ってあるのね!!」

花屋の変貌ぶりに唖然とし、こんどはこちらが固まってしまった。私のそんな状態を知ってか知らずか、彼女はまくしたてるように話す。

「ねえ、もっとお話聞かせてちょうだい? この『夢遊譚』の制作秘話とか、それ以外の作品のこととか! 私は『安楽椅子の魔女』なんかもすごく好きよ!」

ついには椅子から立ち上がり、身振り手振りで喜びを表現し始める。
いや、自分の作品を好きだと言ってもらえるのは、嬉しい。だがそれも限度がある。
あまりの大絶賛に、むしろ私は顔が火照るほどに恥ずかしく感じてしまっている。
するとマスターがスイーツを両手にカウンターへと現れた。

「お待たせしまし……どうしたの?」

「マスター聞いて頂戴! 実はこの子、いえこの方、私の大好きな小説の筆者だったの!! すごいわ! こんなに素晴らしい事があるかしら!?」

「と、とりあえず落ち着いて? スイーツも持ってきたから、ね?」

あまりのテンションに、マスターですら気圧されてしまっている。
そのマスターの声も耳に入っていないのか、花屋は歌まで歌い始めた。

「この子も戸惑ってるわ。お話したいならスイーツでも食べながら、ゆっくり話しましょ。 ほら、あなたの好きなアップルパイも用意したから」

「アップルパイ!!」

その一言でようやく花屋は席に着いてくれた。それでも私への熱い視線に変わらなかったが。


――――――――


「で、そろそろ落ち着いてくれたかしら?」

「ええ、もう大丈夫よ。ご迷惑おかけしてごめんね」

花屋が落ち着きを取り戻したのは、紅茶を三杯おかわりして、アップルパイを食べ尽くし、マスターの手刀がその頭頂部に炸裂した後だった。

「まったくもう……。その興奮すると周りが見えなくなる癖、まだ治ってなかったのね」

「最近はここまで興奮することなんてなかったから、その分が爆発しちゃったのかも……」

落ち着きを通り越してしおらしくなってしまった花屋に、そっとフォローをいれる。

「でも、自分の作品を褒められるのって、やっぱり嬉しいですよ。花屋さんはきっと純粋に、私の作品が好きなんだろうなって、伝わりました」

「……ごめんね。きっとうるさかったでしょ?」

笑ってはいるが、明るさがあまり感じられない。思っていたより沈んでいるらしい。
このままではこちらもいい気分にはなれない。どうしたものか……。

「……あっ、そうだ。花屋さんが『安楽椅子の魔女』褒めてくれた時なんか、私凄く嬉しかったんですよ」

「どうして?」

「実はあの作品、巷ではあまり評判が良くないんです。私の処女作でもあるし、たしかにあまり出来は良くなかったから……」

「そんなことないわ!」

予想以上の食いつきに、少しだけ身体が跳ねる。
花屋はその手で私の手を包み、まっすぐに私の眼を見つめて言葉をつなぐ。

「だってあの作品があるからこそ、今のあなたの作品があるのよ? あれがなければ『驚怖のレシピ』も『新月に沈む』も、それにこの『夢遊譚』だって生まれてこなかった。あの作品が、今のあなたの作品を作ったのよ」

「……ありがとうございます」

「それと作中での主人公の魔女の台詞。『信じることが、私にとっての一番の魔法』だっけ? あれが本当に印象に残っていてね」

そこまで言って紅茶を一口だけ飲む。

「だからあなたも、自分の作品を信じて欲しいわ。どの作品も、あなたにとって最高傑作なんだって。少なくとも、私はそう信じているわ。それが、あなたの力になるんだから」

「……なんだか、私が貴女を元気付けようとしたのに、いつのまにか立場が逆になっちゃいましたね」

そう言うとやっと、花屋は元気そうに笑ってくれた。

「ありがとね。さて、改めてあなたのお話、聞かせてくれるかしら?」

「ええ、もちろんです。でも他言は無用でお願いしますよ?」

「ふふ、了解」


――――――――


花屋との話に花を咲かせていると、今日もまた帰らなくてはならない時間になってしまった。

「さて、私はそろそろお暇しますかね」

「あら残念。もっとお話したいのに」

「すみません。実は原稿の途中で抜け出してきちゃってるんですよ」

「それはだめね。ちゃんと書き上げてくれなきゃ、私も困るわ」

話しつつ勘定と準備をすませる。名残惜しいが今日はここまでだ。

「また次の機会にでも、ゆっくりお話しましょ」

「もちろんです。その時は新刊の感想、お願いしますよ?」

「出版されたらすぐに買いに行くわ。なにがなんでも、ね」

「はは、ありがとうございます」

ドアの前で一度止まり、マスターと花屋に会釈をする。
ここに来る楽しみが、また一つ増えてしまった。


――カラン……

「ありがとうございましたぁ」


「……さて、私も早く用事を済ませなきゃね」

そう言うと花屋は手提げカバンから大きな袋を取り出した。
袋に貼られたラベルを確認して、マスターに手渡す。

「先月と今月の収穫分よ。今回は結構いい出来だったわ」

「いつもありがとう。あなたには苦労をかけるわね」

「いいのよ。代わりにタダでここのスイーツが食べられるんだし」

そう言ってから花屋は立ち上がる。

「あら、帰っちゃうの?」

「今日は色々あったし、大満足よ。久々のあなたのアップルパイ、美味しかったわ」

「フフ、それは良かったわ。ところで次はいつになるかしら?」

「んー、早くて2〜3週間かな。可能なら毎週でも来たいけどね」

「仕方ないわよ。あなたも仕事でしょ? 流石にもう慣れたかしら」

花屋は出口へ歩きながら答える。

「もちろんよ。もともと私の得意分野でもあるからね」

「結構結構。まあでも、来れない場合はちゃんと連絡してね?」

「うっ、わかったわよ。じゃあまたね」


――カラン……

『ありがとうございましたぁ』





――あとがき――

イェーイ! 更新!!
今回もお読みいただきありがとうございます。

なんとか8月中に書き上げる事ができましたね。
もう後半なんて寝ないで一気に書き上げてやりましたよ、えぇ。
めっちょ楽しかったです。

さて今回また新しいキャラを出しちゃいました。
凄く個性的に仕上がってしまいましたが、書いていて楽しい子でした。
東方projectの二次創作ですから、キャラはみんな東方キャラが原型です。
誰がどのキャラか、想像してみるのも面白いかもですぜ。
まあ簡単に当てられるでしょうけれど、ね。

今回は食事シーンを入れてないです。
……面倒だったわけじゃないヨ!! 本当だヨ!!
はい。

次回からもまだキャラクターは増えていく予定です。
でもあくまでメインは最初二話に登場した方々。

次はちょっと違った方向で書きたいなぁ……

書き忘れてました。
今回のお話のなかで出てくる『夢遊譚』だとか『驚怖のレシピ』だとか言った本。
当然ですが実在しません。
タイトルもフィーリングで付けたので元ネタなんかもないです。
いや、やっぱりあるかも。いややっぱないかも?んー……
まあ色々妄想を捗らせて下さいな。

やはり誤字脱字多くてチマチマ修正してます


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  by mimes_jio | 2014-08-26 09:55 | 東方二次

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