【小説家】幻想茶店【店主】
街中を当てもなくフラフラと歩く。特に目的はない、俗に言う散歩というやつだ。それも平日の真昼間から。
と、いうのも
「はぁ……」
ここ最近、私はすこぶる調子が悪い。
体調が、というわけでは無く、仕事が進まないのだ。
たしかに、私は子供の頃から身体が弱く、よく病気に罹っていたし、一度は命に関わるような大病を患ったりもした。
だが不思議なことに、それの完治を境に体調を崩す事は徐々に減っていって、今ではたまに軽い風邪をひく程度だ。
と同時に、奇妙な夢を見るようになったのだが……これ以上は話題が大きくそれるため、またの機会にしよう。
それはさておき、今は体調云々よりも仕事についてだ。
私の仕事というのは、いわゆる小説家のようなことをしている。
決して有名なわけではないが、最低限の生活に困ることはない。
しかし、先に述べた通り最近はスランプ気味なのか、全く仕事に精がでない。
このままでは生活に支障がでてしまう。
ずっと机にむかっていても、どうしようもない。
ので、せめてもの気分転換にと、家を出て散歩に繰り出している次第だ。
「……ん?」
そうやって当ても無くぶらついていると、気づいたときには人の気配とはかけ離れた裏路地に入り込んでいた。
そんな場所で、あるものが私の目に止まった。
「『幻想茶店』、こんな場所に、喫茶店が……?」
ちょっとした広場のようなその場所の片隅に、看板と扉が隠されるようにそこにあったのだ。
『OPEN』という吊り札が掛けられていることから、恐らくは廃店舗ではない、はず。
好奇心を煽られた私は、半ば無意識にその扉に手をかけた。
――――――――
――カラン……
「いらっしゃいませぇ」
扉を押し中に入ると、ベルの音と共に、店の奥から少し間の抜けた女性の声が響く。
店内の様子は、なんというか、拍子抜けした。
「……普通だ」
想像以上に普通だったのだ。
「あらあら失礼ね。何も怪しいところなんてないわよ」
と、この店のマスターと思しき金髪の女性が、柔和な笑みを浮かべながらカウンターへ姿を現した。
「あ、いえ。すいません。なにせ目立たないところにあるものですから、変わったお店かと期待してしまって」
「フフ、大丈夫。別に気にしてないわよ。初見のお客さんはみんなそう言うわ。
さ、お好きなところにかけてくださいな」
「ありがとうございます」
軽く会釈をし、一番奥のカウンター席に座る。
「久しぶりの新顔さんだわ。ここのことは、どうやって知ったのかしら?」
お冷やの入ったグラスを私の前に置きながら、マスターは尋ねてきた。
「少し気分転換に散歩をしていたら、偶然。まさかこんな場所に喫茶店があったなんて――」
そこまで言った所で、視線に気がつく。マスターが、少し驚いたような表情で私を見ていたのだ。
「あの、どうかしましたか?」
「……まさか、まだ自力でここを見つける人間がいるとは、思ってなかったわ」
「え? なんですって?」
マスターがなにか言ったが、うまく聞き取れず、訊き返す。
「あぁ、いえね。ここのお客さんって大概は『噂で聞いた』とか『友人に紹介されて探してみた』って人ばっかりなのよ。まあ、やってる場所が場所だから当然なんだけどね」
そう言うとマスターの表情はまた、元の柔和な笑みへと戻った。
「それにしても、なんでこんな場所でお店を?」
「別に深い理由はないけど……強いて言うなら静かな場所がよかったから、かしらね」
クスり、と笑ってからマスターは口を開く。
「それでは、ご注文をお伺いしましょうか」
メニューを差し出しつつ、マスターは言った。
「んー、とりあえずコーヒーを」
「今日はキリマンジャロ、モカ、あとブラジルあたりが良い豆がありますわ」
「じゃあ、モカで。それと、なにかそれに合う甘味をおまかせで」
「かしこまりました。以上でよろしいかしら?」
小さく頷くと、メニューは下げられた。
「では、少々お待ちくださいませ〜」
そう言って、マスターはコーヒーを準備し始める。
コーヒーを待つ間はやることもないので、店内を見渡してみる。
テーブルや椅子など、内装は木製のもので統一されている。
暖色系の照明も相まって、薄暗いながら店内全体が暖かい雰囲気になっている。
カウンター席が6つ。二人掛けのテーブル席が2つ、4人掛けのものが1つ。
さほど広くも無い店内に、少し窮屈そうに設置されている。
休日の昼下がり、にも関わらず客は私一人。流石に少し、店の経営が心配になる。
カウンター奥の棚には、小物のインテリアや観葉植物に混ざって、ワインのボトルも並べられている。
「喫茶店よりカフェって言う方があってるのかな?」
と、独り言ちたところで、マスターが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらモカコーヒーになります」
「ありがとうございます」
カップが置かれると、モカ・マタリ特有のフルーティな香りが漂ってくる。
なるほど確かに、良い豆を使っているらしい。
「そして、こちらレモンカステラになります」
「レモンのカステラですか。また珍しい」
「えぇ、当店自慢の一品ですわ。それにモカとの相性も抜群よぉ」
ではごゆっくり〜。
そう言うと、マスターの姿はカウンターの奥に隠れてしまった。
――――――――
さて、マスターもいなくなったので、ゆっくり楽しもうかな。
自慢の一品ということだが、どれほどの物だろうか。
秘かな期待を胸に抱きつつ、フォークを手に取る。
「んむ」
カステラを一切れ、小さめに切って口に運ぶと、砂糖の甘い香りとレモンの酸味が口に広がる。
「あっふ」
その余韻が残っているうちに、コーヒーを啜る。
なるほど、レモンの酸味とモカの酸味が絶妙に調和する。
そしてまた、カステラを口にする。これは、なかなか――
「癖になりそうね……」
「フフ、やっと笑ってくれたわね」
「んなっ」
突然のマスターの声に、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ここにきてからずっと難しい顔してるんだもの。そんなんじゃダメよぉ」
「そ、そうでしたか。ちょっと失礼でしたね、ハハ」
「やっぱり女の子は笑顔よ、笑顔。せっかく可愛い顔なんだから」
「女の子って歳でもないんですけどね」
満足そうな笑顔をみせるマスターをみて、私も自然と笑みが零れた。
――――――――
そうしてしばらく、マスターと談笑していると、いつのまにか日が暮れる時間だった。
「あ、もうこんな時間か」
「あら、もうお帰りかしら」
「ええ、名残惜しいですが。でもなんだか少し、気が楽になりました」
「そう? 助けになれたなら嬉しいわ」
「ハハ。じゃあお勘定お願いします」
手早く勘定をすませて、帰る用意をしている私にマスターが声をかける。
「この時間に一人で帰るのは危ないでしょ? 気休め程度だけどこれ、持っておくといいわ」
そう言って手渡されたのは、九尾の狐を模した小さな人形だった。
「これは……?」
「私お手製の御守り。可愛いでしょ?」
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ今日はこれで。また来させてもらいますね」
「ええ、こちらこそ。当店はいつでもお客様を歓迎しますわ」
最後にマスターにむけて、軽く会釈をして扉に手をかけた。
――カラン……
『ありがとうございましたぁ』
――――――――
外に出ると、日はほとんど沈んでしまっていた。
ビルの間を縫って差した光が路地を照らし、幻想的な風景をつくりだしていた。
「おぉ……」
普段の私の生活では見れない光景に、思わず感嘆の声が漏れる。
少しだけ、その場に佇んでから、歩き出す。
ここに来て、この店をみつけて、少しばかりいい刺激になった。
仕事につまれば、ここにコーヒーを飲みにこよう。
などと、くだらない決意をしている自分に気づいて苦笑する。
そうやって物思いに耽りながら、時たま今日のことを思い出しつつ、昼よりもずっと軽い足取りで自宅へと帰るのだった。
――あとがき――
お読みいただきありがとうございます。
悪戦苦闘しつつなんとか書き上げるにいたりました。
おそらく、読んでくださった大半の方は「?」となっていると思いますが、念のために明記しますと、当作品は東方projectの二次小説です。そのつもりです。
世界観やキャラクターなどの説明もほとんどしないままですが、その辺りは後々話の中で書いていければなと思っています。
書き始めた当初より大分長くなったのですが、書きたいように書けて個人的に満足しています。
まだまだ拙い文章ですが、よろしければこれからもよろしくお願いします。
満足してるって書いたけどやっぱりちょっと書き直したい感(2014 5/22)
ちまちまと修正を続けています……(2014 6/27)
by mimes_jio | 2014-05-18 03:25 | 東方二次